エリザベス1世

エリザベス1世

メアリー1世

メアリー・テューダー

「勝利の行進式」を果たして約2週間後の8月18日。メアリー・テューダーは女王として最初の布告を出す。カトリックのことを「教皇主義者(papist)」、プロテスタントのことを「異端者(heretic)」と双方に罵り合うことを禁じ、同時にプロテスタントが重んじる「説教」を禁止した。そしてこの頃から国内の全教区では、まだ「礼拝統一法」が生きているにも関わらず、プロテスタント式の礼拝に代わってカトリックのミサが行われるようになっていった。それは穏便に進めるようにと助言するカール5世やシモン・ルナールも驚く程の性急さであった。

メアリー・テューダーは「決して強制ではありませんが、臣民が大人しく寛容の心を持って、私と同じ信仰を持つことを望みます」と表明した。しかし穏便な発言と同時に、カトリックのための法整備も行っており、「事実上の強制」として圧し掛かってきた。市民の熱狂は徐々に冷め、時代の揺り戻しが始まろうとしていた。

これに対してすぐさまロンドンで、反カトリックのデモが行われたが、すぐさま抑え込まれ、プロテスタントの大立者が逮捕された。その中にはカンタベリー大司教のトマス・クランマーという大物もいた。

ここで特使シモン・ルナールは、エリザベスをロンドン塔送りにすることを、メアリー・テューダーに提言。彼はエリザベスを特に警戒していた。見る者が観れば、メアリー・テューダーよりもエリザベスの方が気品に溢れて人目を惹き、「王者の風格」のようなものを漂わせていることは一目瞭然。このまま放っておいたら、プロテスタントの頭目に担がれて、厄介な事態になりかねない。ならば何でも罪状をでっち上げて、ロンドン塔へ入れておいた方が安全だ。

(以下、次回に続く)