ヨーロッパ1500年代

一方のフランスも黙って指をくわえて見ている訳ではない。フランスは逆にイングランドとハプスブルク家の接近を阻止するために、ロンドン駐在大使のアントワーヌ・ド・ノワイユを中心として、情報収集や妨害活動を行った。皇帝特使ルナールがカール5世に送った報告の中に、「議会が開催された日、剃髪され耳を切断され、首に縄をかけられた犬が宮殿の謁見の間に投げ込まれました。犬には“司祭や司教は縛り首になるがいい”と嫌悪すべき文字を記した紙切れが付けられていました」とある。明らかに反カトリックの内容で、嫌悪すべき文字とは敵対する国の言葉・フランス語のことか。

実際にフランス大使アントワーヌ・ド・ノワイユはこの数年後、大蔵省を襲撃して得た資金で傭兵とフランスに亡命している反メアリー派を集結させて反乱軍を組織し、メアリー・テューダー退位・エリザベス即位を狙う陰謀計画(事前に発覚したため、未遂に終わる)に加担したとして、国外退去処分になっている。

エリザベスも王宮を離れて、ハットフィールド宮に引っ込む際に、パジェット伯爵とアランデル伯爵から「プロテスタントやフランスの動きに巻き込まれないように」と助言を受けている。メアリー・テューダーとエリザベスの対立の構図は、そのまま背後にハプスブルク家とヴァロワ家、神聖ローマ帝国・スペイン対フランスという構図があった。

(以下、次回に続く)