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●遂につかんだ女王の位

義姉メアリー1世が42歳で、しかも後継ぎを残せずにこの世を去った1558年11月。遂にエリザベスが女王に即位する時がやって来ました。メアリーの死と女王即位を伝える使者に対して、「これは神の御業。私には奇跡としか思えません。」この言葉、半分は本音でしょう。母親が処刑されて王位継承権を外され、義母の夫とのスキャンダルを取り沙汰され、反乱への加担を疑われて投獄され…。25歳にして結構壮絶な人生を送ってきています。投獄された時には王位はおろか、生きた心地さえしなかったでしょう。それがメアリー1世がわずか5年の在位で死去。しかも後継ぎを残さず…。

正直、義姉のパワハラにはらわたが煮えくり返る思いをしたこともあったでしょうが隠忍自重、やけっぱちな行動を起こさずに身を慎んだことが、王位を引き寄せました。神様は時に、「これ!」と見込んだ人にはこれでもか!とばかりに試練を次々と与えることがあります。その人がその試練をどのように乗り越えて、またはすり抜けていくのか?文字通り試しているのですね。そしてその神様による試しをどうにか通過することが出来た人だけが、それぞれの人生の成功を掴めるのです。

さて女王に即位したことにより、ここからは「エリザベス1世」となります。女王に即位はしたからと言って、それで安心している訳にはいきません。この時のイングランド、国内外に難問山積。メアリー1世が「血の弾圧」を繰り返した宗教問題。逼迫した財政。フランスとの戦争処理。義理の兄となるフェリペ2世と超大国スペインとの関係…。

これら多数の難問を、いくらエリザベス1世が学問を積んで聡明だからといって、一人で解決できる訳ではありません。古来より、名君には必ず名宰相あり。エリザベス1世にもウィリアム・セシルという、この先40年にわたって自分の右腕となって治世を支えてくれる名宰相がおりました。この宰相セシルの補佐もあり、若い女王ながらもまずは無難なスタートを切ります。しかし、この老練な宰相セシルをもってしても悩ませる、エリザベス1世の難癖がありました。それは…、「引き延ばし戦術」。

 

ウィリアム・セシル

エリザベス1世、幼少の頃から何度も命の危険に晒されてきたこともあり、物事全てに良く言えば慎重、悪く言えば先延ばし。エリザベス1世のイメージとして、「仕事をテキパキこなすビジネスウーマン」をイメージされている方が多いようですが、その実情はまるで正反対。「石橋を何度も叩いて、挙句の果てに引き返す」こともしばしばで、これが宰相セシルの胃を何度となく痛めました。

しかしこれ。実は「女のか弱さ」を逆手に取ったエリザベス1世の腹芸。この当時のイングランドは、後に「大英帝国」と呼ばれるような大国ではなく、まだまだ弱小国。しかもまだ「女に国王が務まるのか?」と色目で見られることもしばしば。おまけにいつまで経っても「庶子」、愛人の子という偏見もある。そんな中で若干20代の女王が出来ることと言えば、むしろ出しゃばり過ぎずに、「それは無理、決められない」と駄々をこねながら時間を稼ぎ、状況の変化を待つ。または問題自体をうやむやにしてしまう。この作品のタイトルに「煮ても焼いても食えない狐おばさん」と付けた理由もそこにあります。日本の戦国武将にたとえれば、果断な信長、明朗な秀吉ではなく、明らかに「イングランドの家康」。慎重に慎重を重ねた統治を行いました。

その「先延ばし」戦術が大いに発揮されたのが、「女王の結婚問題」。生涯結婚はしなかったエリザベス1世ですが、結婚話が全然なかった訳ではありません。むしろ周囲は「どうか女王陛下、国のために結婚をしてください」と懇願していました。実際、何度も外国の君主との結婚話が実現寸前まで行ったこともあります。でも最後の最後、「女王陛下、ご決断を!」となると決まって、「やっぱり私には無理」「会ったこともない男性と結婚なんて…」「きっと相手は私のことを気に入るはずがない…」と駄々をこねるだけこねまくり。

「それでは、この話はこれで…」と臣下が終わらせようとすると、「でもまだ結婚しないと決めた訳ではない」と未練たらたら。「ではどうするんですか?」と問い詰めると、「決められないの!」ともう、コントのようなやり取り。そうしているうちに結婚話はどうなったのか分からなくなってしまう。これがお決まりのパターンでした。

ですが、この「結婚話の先延ばし」もエリザベス1世の、実はしたたかな作戦の一つ。エリザベス1世の考えでは、国内の貴族・外国の王、誰と結婚しても妬みや恨みが向けられる。であれば、結婚をダシにして相手を期待させるだけ期待させて焦らし、少しでも時間を稼いで状況の変化を待つ、または相手から有利な外交条件を引き出す。そうやって自分の結婚を「外交の武器」にして、どうにか周辺の大国と渡り合っていくのが精一杯、というのが当時のエリザベス1世とイングランドという国が置かれた立場でした。

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フェリペ2世

結婚の相手として挙がった相手には、スペイン国王となったフェリペ2世、亡きメアリー1世の夫、つまりはエリザベス1世にとっては義兄に当たる人も。フェリペ2世の思惑は最大の敵・フランスへの対抗上、イングランドを味方に付けておきたいというもの。いくら外交上の思惑とはいえ、亡くなったばかりの妻の妹に声をかけるのも人としてどうなの?という気もしますが、とにかく王室にとって結婚は政治のための道具。それでしかありません。

当然のごとく、エリザベス1世にはいつものように「のらりくらり」と言を左右にしながら、結果的にフェリペ2世との結婚話をうやむやにしてしまい、その間にフェリペ2世はフランス王女エリザベートと結婚。エリザベス1世への当てつけか、同じ名前の王女と結婚してしまいました(フランス語では「エリザベス」が「エリザベート」になります)

こんなふうにして結婚話は、柳の風と受け流していたエリザベス1世ですが、生涯にただ一人、「本当はこの人と…」と本心では思っている男性がいました。そのお相手は…?

 

続きは次回に。また1週間後の配信です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

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