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アンリ4世

●一時の平和

王宮を脱出したアンリには、今度はユグノー陣営内での主導権争いも待っていました。今も昔も、一党派の内部で指導者の下に一糸乱れずに統制が取れている、なんていこうとはそうそうありません。大体はいくつかの派閥が出来て、主導権争いが起こるもの。ましてやフランス人。今も昔も自己主張が強い国民。放っておいたら、各人が自分の主張ばっかり述べまくし立てて、まとまらないったらありゃしない(笑)だからフランスは、特にこのアンリ4世の少し後の時代から、「王権の強化」がヨーロッパのどこの国もよりも進みます。王権を強化してとにかく力づくでも押さえなければ、もう本当にまとまらないのです。その王権が強くなりすぎてフランス革命で倒されても、すぐ後にナポレオンが皇帝になったり、今のフランス大統領の権限が強いのも全ては昔からのフランスのお国柄。強いリーダーがいないと、まとまることが出来ない国なのです。

そんな党派争いの駆け引きもあり、すぐにはユグノー主力軍には合流せず、ロワール川を渡ったギュイエンヌ地方という所で、しばし情勢を静観。その間に、もういつの間にか「第5次」にまでなっていたユグノー戦争の暫定的な和平交渉がまとまります。1576年5月、アンリが王宮から脱走して3か月後に「ボーリュー王令」なるものが発布され、ユグノー側の要人・従兄弟のコンデ公アンリや、王弟なのに半分気まぐれでユグノー側に合流しているアランソン公フランソワ、その他の大貴族に地方総督ポストや領地が与えらます。ユグノー側にとっては大戦果。国王・カトリック側は大幅な譲歩を強いられた形。この時アンリにも、ギュイエンヌ地方総督のポストが与えられています。しかしこれでは、その他の有力者と同格の「数人の有力者の中の一人」。ただでさえ信徒数・兵力とも国王・カトリック側に比べたら劣勢のユグノー側。対抗するためには、何人かのリーダーによる「集団指導体制」ではなく、圧倒的な力量・カリスマ性を持つ一人のリーダーの下にまとまらなければ、今後も苦戦は必至。その立場に一番適任なのは、やはりアンリ。ですが王宮に囚われの身になっている間に、カトリックに改宗していたのがキズに。それだったらと、難なくまた「ユグノー」に改宗。これによりアンリは再び、ユグノー陣営の統領に。

マルグリット

一方、戦乱と政治的駆け引きの合間でも、アンリは私生活でもそれなりに「お楽しみ」を見出してします。まずは脱走した夫を追って、妻マルグリートが合流。この二人、お互いを認め合う部分はあったようですが、夫婦としての愛情は完全に冷却化。マルグリートの方は節操なく何度も改宗を繰り返す夫に対して、一方アンリの方は「母殺し」の容疑濃厚の王太后カトリーヌの娘に対して、「王太后の言いつけで自分の監視に来たのか?」という疑いがどうしても拭えず。結局は夫婦しばらくぶりの再会も、またもお互いが公然と愛人を囲う暮らしぶり。普通の夫婦ならとっくに離婚でしょうが、王室絡みの政略結婚、それもままならず。その窮屈さがますます、お互いの放蕩ぶりに拍車をかけます。全ては結婚式が「サン・バルテルミの虐殺」事件でケチが付いてしまったのでしょう。何とも哀しい「仮面夫婦」でした。

またそれ以外の要因として、マルグリートには普段は戦塵の中を駆け巡っているアンリの、「体臭のきつさ」がどうにも受け入れられなかった…、という側面もあるようです。ある時などは「腹立たしい鳥の羽根や動物の足の臭い」なんていう、こっぴどい言い方をしています。男性としては多少身につまされる話しですが…(苦笑)。しかしアンリはそんな自らへの酷評はものともせず、マルグリートに付き従ってきた、王太后カトリーヌの「遊撃隊」の女官にちょっかいを出して、そのまま愛人にしてしまうのですから、もう何も言えません(笑)

ここまでアンリのことと言えば、改宗ばかりしていることと、女性関係の華々しさ・激しさばかり書いてしまっておりますが、名誉のために言っておくとそれだけではありません。何度も改宗を繰り返しながらユグノー陣営から見捨てられず、結局は頭領に担ぎ上げられるのですから、やはりこれは人望がなければできないこと。その人望を裏付けるのが戦場での強さ。幼少の頃より、軍指揮官として戦塵を駆け抜け、数々の修羅場を経験してきたアンリは、戦の流れを読む「独特のカン」が強かったようです。そんな戦場で培われた「カン」は、政治の場でも大いに生かされました。改宗して取り敢えずは従ったフリをしておいた方が良い、頃合いを見て逃げだす、どうにもダメな時は「女遊び」にうつつを抜かしながら情勢の推移を見守る…。その時々での身の処し方は、やはり戦場を駆け巡る中で研ぎ澄まされた部分が大きいでしょう。王宮に監禁されている間、愛人を次々と囲いながらも、虎視眈々と脱走の隙を窺っていたのは、さながら大石内蔵助が「昼行燈」と馬鹿にされながらも、吉良への討ち入りの機を窺っていたのと似ているかもしれません。例えは乱暴かもしれませんが…(笑)。

また一時は出遅れて、従兄弟のコンデ公アンリに主導権を握られますが、しばらくするとまたユグノー陣営の頭領に返り咲いているのも、人望のなせる術。コンデ公アンリは「ボーリュー王令」でひとまずの和平が成立した後は、すぐにアンリに頭領の座を譲って、自身は再び資金と兵力集めに駆け回ります。餅は餅屋。人間にはリーダーの座に就くべき人もいれば、補佐役にいてこそ輝く人もいる。人それぞれに適材適所、持ち場があるのです。ともかくアンリには何か人に好かれる、担ぎ上げられる、放ってはおけない「何か不思議な魅力」があったようです。「ボーリューの王令」でユグノーの有力者たちがそれぞれに地位や所領を得たにもかかわらず、目立った大きな主導権争いも起こらずに再びアンリが返り咲いたのには、こんな魅力も役立ったのではないでしょうか。例えれば、信長亡き後の織田家にあって、秀吉の主導権を決定づけた「清須会議」のようなものでしょうか。また日本史に例えますが。

秀吉を例えに出したついでに、アンリが人を惹き付けて止まない、今もフランス史上一番人気の国王であることには、彼の良い意味での「テキトーさ」と「人ったらし」ぶりがあるでしょう。熱心なユグノー教徒ではありながら、いざとなれば苦も無く改宗できてしまう「テキトーさ」。の言い方が悪ければ「柔軟さ」。愛人には困ったことがない(笑)、ということも含めて、人に好かれる、そして人を上手く使う「人ったらし」ぶり。この点などは、秀吉に近いかもしれません。そして特に「テキトーさ」が、もっと後年になって、フランスという国を分裂の危機から救うことになります。

ミシェル・ド・モンテーニュ

話しはまた戻りますが、いくら戦場で強くても、それと平時において統治者として集団をまとめていくのとでは、また訳が違います。洋の東西を問わず、戦場で勇名を馳せて一時的には天下を取っても、その後の統治に失敗してすぐに失脚・没落してしまったような人はいくらでもいます。その点でアンリは、この点でも恵まれていました。これまではややもすれば、「腕っぷしは強いが、ちと学が足りないか…」と感じさせる場面もしばしばありましたが、そんなアンリに「学問の師匠」と言うべき人が現れます。その名はミシェル・ド・・モンテーニュ。アンリと同年生まれの哲学者。ですが机上の空論だけを振りかざすのではなく、現実に即した人間の生き方を探求し、その集大成としての『エセー』という書物は、フランスの内外で大きな反響を呼びました。そんな当代有数の哲学者がアンリの侍従に命ぜられて、1577年にやって来ます。すっかり意気投合した二人は、暇さえあれば学問や当世の国内外事情などを語り合う、「竹馬の友」のような関係に。後にアンリが「アンリ4世」として即位する時には、顧問として傍近くにいてくれるよう頼み込むほどの関係でした。腕っぷしだけでなく、ミシェルのような「頭脳」とも言える人と出会えて、学問やその他の素養を得られたのも、アンリにとって幸運なことでした。もし戦場を駆け巡るだけの人だったら、後に国王として乱世のフランスを統一して、その後にともかくも安定させることは出来なかったかもしれません。

馬上で天下を取っても、馬上で天下を治めることはできない」。古代中国の漢王朝の創始者・劉邦は、そう側近に戒められました。信長・秀吉の天下が短命に終わったのに対し、家康が江戸幕府260年の太平の世の基礎を築くことが出来たのは、「武」よりも「文」の重要性に気が付いたからと言われています。乱世を統一するのと、その後に安定した社会を作るのは、求められる能力が違うのです。ミシェルのような哲学者から手ほどきを受けられたのは、その後のアンリにもフランスにとっても幸運なことでした。

そんなモラトリアムのような平和も、すぐに終わりを告げます。「ボーリューの王令」でユグノー陣営に大幅に譲歩した国王アンリ3世に対して、カトリック強硬派は不満たらたら。もう国王などあてにせず、自分たちでユグノーを徹底的にやってしまおう!と「カトリック同盟」なるものを結成して、いよいよ本腰を入れてユグノー討伐に乗り出してきたのです。彼らはすぐさま「ボーリュー王令」を破棄して、1577年「第6次」ユグノー戦争が勃発。こたびはユグノー陣営がやや不利な状況で休戦。1579年、今度は従兄弟のコンデ公アンリが先制攻撃を仕掛けて、「第7次」ユグノー戦争が開戦。その2年後、1581年にまた休戦。戦闘と休戦を繰り返す戦乱の日々。一体いつになったら、戦争は終わるのか?そんな明日をも知れない、混乱の時代のフランス。いつしかアンリも、もう間もなく三十路を迎えようという年齢。時代の荒波に揉まれて、人間的にも厚みが増してきたアンリ。そんなアンリに一大転機が訪れます。

続きは次回に。また1週間後の配信です。

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