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●アンリ4世がしぶとく図太く強運に生き抜いた理由

「ユグノー戦争」という、フランス史においては後のフランス革命と並ぶ大乱の時期を生き抜いたアンリ4世。幾多の困難に遭遇しながらも内戦を勝ち抜いて王位に就き、分裂の危機に瀕していたフランスを救うという大業を成し遂げた要因は、以下の三点に要約されます。

①人脈・ネットワーク

アンリ4世には生来陽気で人懐っこいところがあり、その魅力に惹かれて有能な人材、そしてほぼ絶え間なく愛人となる女性が集まってきました。その集まってくる人たちの中には、ミシェル・ド・モンテーニュという当代随一の人文主義者もいて、彼がアンリ4世にやや欠けていた教養を補ってくれました。サン・バルテルミの虐殺後、王宮からの脱走を画策している時には、国王の弟フランソワが脱走の手引きをしてくれました(失敗しましたが…)。「三アンリの闘い」という王位を巡る争いの時も国王アンリ3世とは妙に仲が良く、アンリ3世は「王位を譲るならナヴァールのアンリ(アンリ4世のこと)」と、いつしか決めていました。国王即位後は新興貴族たちに重要な官職を任せ、旧来の貴族にない彼らのやる気を引き出しました。それもこれも、いつの間にやら他人を魅了して、その人を上手く使う「人ったらし」としての能力が備わっていたからこそ出来た芸当です。日本史の人物で言えば、豊臣秀吉が一番近いかもしれません。

豊臣秀吉

②信念・理念・志

王宮での監禁、戦場での苦戦、度重なる暗殺計画…。アンリ4世の人生は激動のフランスそのままに、幾度となく危機が訪れました。ですがどんな苦境に陥ろうとも、決して自分の信念を曲げることはありませんでした。それは「フランスに平和をもたらす」。宗教対立が約40年も続いて諸外国の介入も招きかねない、本当にフランスが分裂してしまうかもしれない「危機の時代」。それでもアンリ4世は「フランスに平和をもたらす」ことを諦めることはありませんでした。生来の陽気で楽天的な性格がそうさせたのかもしれませんが、何があっても最後まで諦めない者に「勝利の女神」は微笑みます。

③逃げ足の早さ

戦場において不利な局面での「撤退の早さ」もそうですが、ここでそれ以上に強調したいのは「危機においての切り換えの早さ」。その代表的な事例が「4度の改宗」。その最大のハイライトである、国王即位時に「とんぼ返りを打っての」カトリックへの改宗。時に信仰にこだわり過ぎず、いざとなったら平気でそれを投げ出せる柔軟さ。もっと言えば「テキトーさ」。この融通無碍な「テキトーさ」がアンリ4世の身を救い、最終的にはフランスを救いました。

この時代のフランス、そしてヨーロッパには信仰の違い、宗派の違いで命を落とした人が大勢いました。その中には生きて延びていれば大業を成し遂げたであろう人もいました。誤解を恐れずに言えば、「命より大事な信仰」などあるのでしょうか?「神」に殉じて死ぬことを「神」は望んでいるのでしょうか?そんな時代に自分の信仰にこだわり過ぎずに4度も「改宗」し、それで自分のピンチを救い、「フランスの危機」を救ったアンリ4世の「テキトーさ」。自分の考え・主義主張にこだわり過ぎて身動きが取れなくなっていませんか?自分を追い込み過ぎてはいませんか?退きたくても下手なプライドに囚われて、泥沼にはまり込んでませんか?そんな方には特に、このアンリ4世の時に信仰さえもかなぐり捨てた「テキトーさ」を見習ってほしいのです。

 

以上、アンリ4世の人生を振り返ってきました。人を上手く使う「人ったらし」(または女ったらし)。生来が陽気で楽天的な性格で、どこか憎めない魅力があり、それでもいざ!となったら自分のこだわりなどかなぐり捨てる「テキトーさ」で大胆な決断を下して、フランスを救ったアンリ4世。ナポレオン以上に人気のあるそんなアンリ4世の二つの名言で、この作品を締めたいと思います。ビジネスに人生に行き詰まりを感じた時、このような感覚になって頭も心も切り換えてみてはどうでしょうか?きっと状況を打ち破るきっかけになります。

とんぼ返りを打つことにする
不運を打開するには断行あるのみ

(完)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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