☆少女時代

マリア・テレジアは少女時代、「テレーゼ」の愛称で親しまれました。ここでも結婚して大人の女性になりまでの間は、「テレーゼ」の呼び方で、彼女の少女時代を追っていこうと思います。

多くの君主にはその幼年時代に、虚実取り混ぜて様々なエピソードが書き残されるものですが、テレーゼにはそのような記録があまり残っていません。まさかこの半ば「一族の期待はずれ」を背負って生まれてきた女の子が将来、ハプスブルク家史上でも屈指の名君になるとは、夢にも思わなかったのかもしれません。その一番の証拠に、彼女には王室の子女の一般教養は教え込まれましたが、政治を担うに必要な「帝王学」教育はなされませんでした。父カール6世も、実際の政治の現場をテレーゼに見せることは、終ぞありませんでした。このことが、テレーゼが父の後を追って即位した時には、大きなデメリットとなってしまうのですが…。

それでもそこは名門・ハプスブルク家の跡取りになることが、半ば既定路線として敷かれている少女。ヨーロッパ中から優秀な家庭教師を集めて、跡取りたるに恥じない教育が施されます。特に当時のヨーロッパ王室間の共通語であるフランス語を始め、教養としてのラテン語、イタリア語に関しては、教師も教えるのが楽しくて仕方ないぐらいの吸収ぶりだったようです。ラテン語はカトリックの守護者たるハプスブルク家の当主としては当然、またイタリア語はハプスブルク家の所領が北イタリアにもあったことからでしょう。ちなみこの時代、英語はまだまだ国際共通語たる地位を確立しておりません。

ある程度の基礎教育が終わると、テレーゼの教育はシャルロッテ・フクス伯爵夫人に任されることになります。この婦人とは生涯に渡って深い信頼関係が結ばれ、テレーゼの結婚式の時には、新婦の花嫁衣裳の裳裾を持つという光栄ある役割も担います。

少女時代のマリア・テレジア

少女時代のテレーゼは、母親譲りの美貌も手伝って、宮廷のみならずウィーン市民の間でも高い人気を誇りました。確かにアンドレアス・メラーの手による少女時代の肖像画を観ると、後年の貫禄たっぷりの肝っ玉母さんぶりからは想像もつかないぐらいに、お世辞に抜きに可憐。多少の手心はあったとしても、この美貌ぶりならオーストリア内の貴族はおろか、諸外国の王太子からの求婚もひっきりなしでしょう。しかも名門・ハプスブルク家の跡取り。

そしてテレーゼが年頃を迎えると、王室に生まれた子女に例外なく訪れる宿命、そう「伴侶探し」が始まったのです。しかもテレーゼの伴侶となる殿方には、当主となるテレーゼを助けてハプスブルク家を守っていく重責が待っています。おまけに名門・ハプスブルク家に婿入りしてくるからには、あまりに低い家系では釣り合わず、かと言ってハプスブルク家乗っ取りに色気を持つような大国でも困る。強すぎず弱すぎず、高からず低からず。こうして困難を極める、「テレーゼの婿探し」が始まりました。

 

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